「ひとびとの健康を支えるオールラウンダー」をめざして

総合診療が地域医療における専門医や多職種連携等に与える効果についての研究

第5部 総合診療医が今後果たすべき役割に関する提言

わが国の総合診療はどうあるべきか:
内科、プライマリ・ケア、プライマリ・ヘルス・ケア、
家庭医療を含めた歴史的変遷に基づいた考察

大西 弘高

要旨

本稿では、プライマリ・ケア・家庭医療・総合診療といった概念に対し、わが国の戦前の医学の専門分化の流れを踏まえつつ、ドイツ・英国・米国における内科や総合診療・家庭医療の発展、国際機関におけるプライマリ・ヘルス・ケア関連の概念を俯瞰し、わが国の戦後のプライマリ・ケア・家庭医療・総合診療の動きを振り返る。また、これらの情報を基盤にして、用語の違い、総合診療・家庭医療と内科との違い、地域医療と総合診療・家庭医療の関係といった側面から、わが国の総合診療がどうあるべきかについて論じた。

元来は内科が今で言うところの総合診療的な診療を行っていたが、その後総合診療が再定義される必然性が生じ、さらに総合診療から家庭医療が派生していること、総合診療から家庭医療への発展においてプライマリ・ヘルス・ケアの概念が影響していることが判明した。この流れから見ると、ドイツ、英国、米国に比べて日本の総合診療の発展は遅れている。

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総合診療が地域医療の効率化に果たす役割についての考察

佐藤 幹也

要旨
目的

団塊の世代が後期高齢者となる2025年以降に向けて急激に高齢化が進み、国民の医療や介護の需要が急速に増加すると予測されている。本稿では、厚生労働統計などの統計指標を用いて将来の外来診療需要を推計し、総合診療医が地域医療の効率化にどのような役割を果たしうるのかを考察した。

方法

平成28年(2016 年)の国民生活基礎調査、日本の将来推計人口(平成24年3月推計)、平成28年(2016年)介護保険事業状況報告の結果を用いて2016年と2025年の外来通院者数、通院者の傷病数、要介護認定者数を世代(年少・生産年齢・前期高齢者・後期高齢者)別に推計して比較した。

結果

2016年から2025年にかけて年少人口・生産年齢人口・前期高齢者人口は軒並み減少するのに対して(それぞれ179万人,28万人,398万人減)、後期高齢者人口は増加し(544万人増)、総数では61万人減少する。外来通院者数を2016年と2025年とで比較すると、年少、生産年齢、前期高齢者の各層で減少するのに対して(それぞれ29万人、8万人、248万人減)、後期高齢者では増加し(392万人増)、総数でも107万人増加する。外来傷病件数を2016年と2025年で比較すると、年少、生産年齢、前期高齢者の各層で減少するのに対して(それぞれ36万件、7万件、499万件減)、後期高齢者では著しく増加し(969万件増)、その増加量は外来通院者数よりも多い。また要介護認定者数を2016年と2025年とで比較すると、前期高齢者では減少するのに対して(11万人減)後期高齢者では増加する(241万人増)。傷病別に通院者数をみると、年少から前期高齢者までの各層では通院者数が減少する傷病が多いが、後期高齢者では通院者数が増加する傷病が多く認められる。これらの傾向を大都市部と地方部で比較すると、後期高齢者の外来通院需要が増大するのは主に都市部であり、地方部ではむしろすべての世代で通院者数、通院傷病数、要介護認定者数ともに減少すると予測される。

考察

2016年から2025年にかけて、外来診療需要は後期高齢者では増大するがそれ以外の世代では減少し、全体としては若干の増加にとどまると推測される。しかし後期高齢者の一人当たり通院傷病件数は他の世代よりも多いので、後期高齢者では外来診療需要とりわけ通院傷病件数の増加が目立ち、この傾向は団塊の世代が集中する都市部近郊などで顕著である。いわゆる2025年問題の主題は単なる後期高齢者の増加ではなく、大都市周辺部における後期高齢者の通院傷病件数の急激な増加であるといえ、これに伴う外来診療需要の急激な増加に対応して医療費を適正化するためには、1傷病1診療の形態で行われる専門医型の外来診療から1患者1診療の形態で行う総合診療医型の外来診療への転換が有効であろう。

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少子高齢社会における総合診療医の役割

井上 真智子

要旨

急速に進行する少子高齢化に伴い、社会のニーズはダイナミックに変化している。2015年に発表された20年後のビジョン「保健医療2035」で提示されたパラダイムシフト「量の拡大から質の改善へ」「インプット中心から患者にとっての価値中心へ」の実現のためには、マルチモビディティ(多疾患併存)の包括的マネジメント、多様化する価値や医療の不確実性の中における、家族も含めた継続的な信頼関係に基づくプロセス重視の協働的意思決定と、それに基づく慢性疾患管理や人生の最終段階ケアが必要である。総合診療医は、高齢者のみならず、女性・子ども・家族全体のケアにおいて「継続的・包括的診療モデル」の実践により、地域包括ケアシステムの中で各種機関と連携してその役割・機能を発揮すべきであり、地域全体の健康の向上をめざすpopulation healthへの取り組みに専門性がある。外来診療の出来高によらない「プライマリ・ケア施設機能」評価が今後の課題となる。

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病院で求められる総合診療医の役割

川島 篤志

要旨

超高齢社会において、入院に至った疾患だけを治して帰すという「病院完結型の医療」から、高齢者に多い複数疾患罹患や社会・生活背景の脆弱性を持つ患者を地域で支える「地域完結型の医療」につなげる役割が、病院における総合診療医、病院総合医に期待される。病院総合医の役割は、医師不足や医師偏在の問題を含む立地条件や規模によって求められることが異なる。病院における外来・救急診療や入院診療はもちろんのこと、院内・地域内の医療資源を把握した検査・手技、院内の医療の質改善に関わる委員会や横断的分野、そして地域を診る視点が求められる。病院総合医が地域で根付くためには病院総合医が存在することでの成功例が普遍的にみられること、そのためには総合診療のトレーニングを積んだ医師が病院で勤務することが1つのモデルとなる。

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多職種連携に求められる総合診療医の役割とは何か?

春田 淳志・後藤 亮平

要旨

多職種連携における総合診療医の役割について、論文レビューに基づき、3つのテーマについて論じた。

  1. 多職種連携コンピテンシーとそれに基づいた総合診療医の連携教育・協働の役割
    日本の多職種連携コンピテンシーは,患者・利用者・家族・コミュニティ中心、職種間コミュニケーションの2つのコア・ドメインと、職種役割を全うする、関係性に働きかける、自職種を省みる、他職種を理解するの4つのドメインからなる。これらは、総合診療医の強みと合致している。
  2. 各専門職との関係性からみえる役割
    総合診療医は、他の職種から連絡・相談を受けやすい存在であるため、多職種とコミュニケーションをとりやすい関係を構築することが求められる。
  3. 地域包括ケアに求められる役割
    総合診療医は、個や組織の越境によるイノベーションを生み出し、連携・統合の価値観を醸成し、ミクロからマクロの連携を紡ぐ役割を発揮するのに適した専門医である。

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予防・健康増進における総合診療医の役割

津田 修治

要旨
目的

諸外国の一般医・家庭医に関する地域保健におけるエビデンスから、総合診療医の役割及び日本の地域保健の課題に対して期待される成果を明らかにする。

方法

Pubmed検索と参考文献のハンドサーチで、一般健診と対策型癌検診、保健指導、高齢者の介護予防のテーマについて、一般医・家庭医のエビデンスを調査した。タイトルと要旨から該当するシステマティックレビュー及び、それ以降に発表された研究論文を選択し、知見をまとめた。

結果

一般医・家庭医による予防医療外来は一般健診の受診率を向上し、検診項目を適正化した。また、簡潔な保健指導によって、生活習慣是正や生活習慣病予防に寄与した。高齢者のフレイルに対する介護予防において、多職種連携を活用して複数領域に介入したが、介入プログラムの有効性を示すには至っていない。

結論

総合診療医は日本の地域保健の現在の課題に対して有効であり、地域住民の予防や健康増進に資する。

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治療と仕事の両立支援の現状と課題

中村 明澄・堤 円香

要旨

がんは、年間85万人が罹患し、その3人に1人は就労可能年齢で罹患する疾患である。就労の継続は、がん患者と家族の経済的、身体的、精神的、社会的のすべてにおいてメリットがあるものの、雇用主である企業側は当該従業員の適正配置や雇用管理等、病気や治療に関する見通しや復職可否の判断が難しいことから対応に苦慮する場面が多い。

治療と仕事の両立のためには、治療経過および今後の治療計画や健康情報、復職妥当性などについて企業側に十分な情報提供がなされることが重要であり、また、復職の阻害要因となる、併存疾患やうつ病、心理的要因が関連するとされる倦怠感などの症状に対しての適切な医学的介入が必要となる。総合診療医は、患者の身体的、心理的、社会的背景、家族状況を考慮した日常的なプライマリ・ケアを提供することを得意としており、産業医や治療医と密な連携をとりながら、がん患者の治療と仕事の両立支援を行う役割が期待される。

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健康格差がもたらす「健康の社会的決定要因」への働きかけ

武田 裕子

要旨

健康格差とは、社会的背景が異なることで生じる健康状態や医療アクセスの不公正な差をいう。わが国でも「子どもの貧困」など所得格差の広がりに伴い、健康格差が顕在化している。例えば、生活困難世帯の子どもは、齲歯、肥満、ワクチン未接種などの健康リスクが高い。また低所得者ほど喫煙率が高く、高血圧や糖尿病に罹患しており、検診も未受診となる。健康に影響を及ぼす要因には、収入に加えて学歴、仕事、居住地、国籍、人種など個人の背景のほか、労働環境や医療体制、文化や環境、社会経済状況などがあり、「健康の社会的決定要因」という。

「自己責任」と患者を責めるのではなく、患者の抱える困難に思い至り、健康に影響している社会的要因を見出して必要な支援の提供が医師には求められている。また、健康の専門家として、個々の患者診療にとどまらず地域コミュニティや社会がより健康であるように、自らの専門性を活用して貢献する社会的な責任も有する。病態生理や生物医学的な判断にとどまらず、患者の心理社会的な側面に目を留め、問題に体系的にアプローチする総合診療医は、格差時代の医療の担い手として不可欠な存在である。

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災害医療

大橋 博樹

要旨

災害サイクルにおける亜急性期以降の支援のあり方に対しては様々な議論が行なわれている。災害関連死を防ぐためにも仮設住宅に移り地域包括ケアシステムが復旧するまでの期間における医療介護福祉の垣根を越えた支援システムの構築は重要かつ喫緊の課題である。日本プライマリ・ケア連合学会会員で組織されたPCAT(Primary Care For All Team)は東日本大震災では気仙沼市での在宅医療支援活動や石巻市での福祉避難所の開設運営支援、また仮設住宅での被災者に向けた健康カフェなどの支援を行った。熊本地震では、益城町からの依頼を受け避難所対策チームでの医療保健に関するアドバイザリー支援等を行った。今後、急性期の災害コーディネーターと同様に、亜急性期以降の医療介護福祉の復旧を担う、いわば「地域包括ケアコーディネーター」の存在が不可欠であり、その担い手として総合診療医の専門性が求められるのは間違いない。

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